2025/8/17 立秋の末候「蒙霧升降」1日目

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タイトルは七十二候の話だけど、内容はいたって普通の日記です。

こうやって、七十二候の何日目か、って日記を残していくことで、七十二候を自分の中名に焼き付けられるかもしれないと、アプローチの仕方を変えてみました。最近忙しすぎてまともに書けなかったし、やっぱり自分の中から出てきたものをアウトプットするのが良いかなと思ったので。

今、わたしは将来の店出店のための計画を立てています。これから5年以内に店を立てられたらいいなと思い、具体的にどう実行していこうかって道筋。以前の計画は開業資金の部分をあやふやにしていたせいで結局本当にたどり着けるのかとか具体的に進められているのかとか自分の中の立ち位置があいまいになっているなって感じられて。おおよその内容は、去年のことながらあまり変わってないなって思ったけど、それに加えてわたしがこうありたいって思う姿はより彫り進められているなって感じもした。それはやっぱりeco検定を受けて地球環境問題だけでなく、地球というわたしたちを存在させているこの星がどのように生命を循環させ、存続しているかというその片鱗を知ることができたのが大きいと思う。わたしは、人間社会の組織に属することが根本的にできない人間だという気持ちは日増しに強くなっていて、組織だけでなく、そもそも社会秩序に確固たる自分が自分であることができ、ここは自分の居場所なんだって思える帰属先というものをどこでも感じられない。自分という存在を掘れば掘るほどそうなるのだから、根本的に人間社会秩序に不適合な存在なんだと思う。それと同じくらい生存本能も強いから、表向きは順応することができるのかもしれない。それをするたびに心は擦り減っていくから、やっぱりこの在り方で生涯を通していくのは無理なんだろうなって思ってもいる。

でもそれは人間社会の範疇の話で、それそのものは、地球という存在に比べたら一種族の生態系に過ぎないんじゃないかなとも思っている。地球上の生物存在はあらゆる場所に各々の生態系を形成し、そこでそれぞれ地球循環に貢献するような活動を全うしている。それを人間の目線でジャッジするのはその生命に対する敬意を欠くことだと思うからしないけど、じゃあ人間の地球上における循環への貢献って何なんだろうってのは前に話した通り、この知性を用いる事なんだろうと思う。尤も、知性は使い方次第で地球の循環に貢献もできれば破壊を後押しもしてしまい、今は後者の方が勢いは強いと言っていい。今のおぞましい地球沸騰化ともいわれるレベルの気候変動も、人間活動の影響によるものというのは疑う余地はない。確かに地球は過去も数回、大規模な気候変動が起こり、その度に大量の生物が絶滅した。が、それは数億年単位のうち1回起こるくらいのものであって、今回のこの大変動は産業革命があってからたった150余年で起こっているのだから恐ろしい。

では人間は地球の侵略者のようなものなのかとも思うが、わたしはどうしてもそれだけではないと思いたい。実際、この気候変動に対して真摯に取り組む人だって声を上げ、各々の立場でやれることをやる人だっている。わたしも知った以上は自分ができることをすることで、地球の一存在として、この知性を使うことで、地球の一存在という帰属意識を持ちたい、と思うようになっている。

要は、わたしはこの地球上の生物、という帰属意識を心から持ちたい、と思うようになっている。その理想として、自給自足の生活や、自然と共生した場所に店を立てて、それを感じたいなって言うのが今の理想。わたしの何も奪わないし奪われない、搾取構造から降りてあらゆる存在が活きているこの地球で、それぞれを脅かさない共生の生き方は結局なんでそれが自分の理想なのかということを突き詰めたら今のところは地球への帰属、といった感じになったってこと。

人とのかかわり自体が嫌いというわけじゃなくて、今の人間社会の一員として、何かの組織や集団の一存在としてはどうしても馴染めないから、自分が個人として確立できる在り方はそういうものかなあって考えていたって感じ。

それはそうと、毎週日曜日の夜には平日の朝に食べるための蒸しパンを作るんだけど、今日は油を入れ忘れた。

でも見た目はいつものと遜色ない出来になった。不思議ね。

余談だけど、今はDuolingoでアラビア語、韓国語、英語、スペイン語、インドネシア語、ポルトガル語を始めている。無課金だからライフ尽きたらそこで終了だけど。スペイン語とポルトガル語って結構似通っている単語在るんだなあってうっすらと思ったりしていて、言語のルーツとかをたどるのも面白そうってうっすら思いました。

明日も皆様が健やかに過ごせますように。

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