10月振り返り

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10月が終わり、いよいよ夜風がひんやり染み渡る気候になってきました。朝も冷え込むので、朝のオーツミルクラテ、夜のカフェインレスコーヒーを全身で味わえる季節なので、私は割と好きです。そんな寒さを温めているうちに、氷が解けていくように、心の奥底にあるものを呼び起こすことで、今月を振り返っていければいいなって思います。

表出すること

おそらく、私の10月で最も変わったことは、「表出」することについてかなと思います。今月の抱負でもお伝えしたとおり、私は10月5日の渋谷で行われたイスラエルによるガザ、レバノン、イエメンでの虐殺行為に対するプロテストデモに参加しました。以前の自分は、デモのように集団で行動する、ということへの抵抗感があったのと、不勉強故に自分が発信したことがかえって逆効果になってしまうことへの恐れといったことを言い訳に、長らくデモ自体は支持しつつも、自分がそこに加わろうなんてことは全く思ってもいませんでした。それでも今回参加することを決めるに至ったのは、このデモ自体が10月7日のガザ空爆から1年が経過しようとして尚苛烈な虐殺を辞めようとせず、殲滅作戦にまで手を書けるイスラエル軍の非道に対してのものであることから、ここで何かしらの意思表示を、目に見える形で行わないと一生後悔すると本能的に直感したこと、今までは上記の理由から、個人として社会正義のことを話す相手がいなかったけど、先月にそういった相手に出会えたことと、その人が積極的な意思表示を外部にも見える形で行っていたことに触発された結果でした。といっても、本当に最後の最後まで悩んでいたため、まともな準備などできず(先月のプロテスト集会の時にご提供いただいたキーホルダーやステッカーを付けるくらいしかできず)、ならばと思いとにかく声が枯れるまでコールを続けることとしました。

振り返ってみると、デモに実際参加してみると、自分が懸念していた抵抗感は本当に杞憂でしかなかったことがわかりました。集団行動への抵抗感は、重なり合うように同調しなければならないとか、最初から最後までに秩序性を求められるのではないかとかといったものでしたが、ふたを開けてみれば、そんながちがちしたものではなく、そこに集まる人たちが同じくしていたものは「虐殺を許さない」その1点のみでした。途中から列に加わってもいいし、途中で列から退出してもいい。いったん列に入って、列から出て歩道から行進にエールを送るやり方をとる人もいました。何ならコールだってまとまるときもあればまばらの時もあり、いわゆる「訓練された隊列」などでは全くありませんでした。しかし、同じくしていた「虐殺を許さない」意思だけはその場に加わる人たちのどこからも発せられているのが、行列にいた時分には肌で感じ取れましたし、その部分においてそれをあざ笑う人も屁理屈で丸め込もうとする人もトンポリもいない。そんな、緩やかな連帯を感じ取れるものが、私が初めて参加したデモで感じ取れた人の思いでした。だからこそ、気兼ねなく自分も「虐殺を許さない」意思を心の底から発することができました。そして、当然ながらインターネットと現実は完全なイコールではない。インターネットではいまだにデモに対する嘲笑は多く、イスラエルによるジェノサイドについても声を上げれば嘲笑、屁理屈、トンポリが後を絶たない。まるでジェノサイドなどなかったかのようにふるまう姿が賞賛される。では実際にデモに対する通行人もそうなのかと言えば、少なくとも私はそうは思いませんでした。大半は無関心ですが、手を振っている方がいたり、一緒にコールする方がいたりしたし、横断幕を掲げるなどしてデモを応援する形での参加者もいました。少なくとも、インターネットのように露骨に悪意を向けてくるような輩はほとんどいないと言ってよかったと思います。個人的に印象的だったのは、私が行列を後にしたときに歩道を歩く親子が、行列について話しているところでした。細部まではあまり聞こえませんでしたが、子供の疑問に対し親は「外国でたくさんの罪もない人が殺している人たちにそれはよくないって言っている」といったニュアンスで答えていました。その人たちがデモの参加者だったかどうかはわかりませんが、もしそうでないのなら、デモの参加者たちの思いが伝わっていると感じられてよかったな、って思いました。

ここまでデモ参加についての自分の所感を記録してきましたが、このデモの参加前と参加後で、自分の意識の持ちようは大きく変わったと思っています。具体的には、意思の表出に対する抵抗がほとんどなくなりました。空気を詠もうだとか周りの和を重んじようだとかそういう秩序主義的な考えが圧倒的趨勢を誇る以上、変に事を荒立てるのも面倒だと思ってあまり表出はしてこなかったのですが、その考え自体が、今も虐殺と暴力にさらされるパレスチナの人たちの存在を黙殺している、と考えるようになり、常日頃パレスチナの人たちの現状に思いを馳せたい、と思うようになり、結果として意思表示を可能な限り、できる形でやっていくことを決めました。

具体的には、Twitterやブログで発言することは前より増えましたし、リアルの方でも、パレスチナ解放のシンボルであるスイカモチーフのキーホルダーやネックレスは常に身につけ、ステッカーをスマホケースに貼り、人生初のネイルを行ったときには、左手の人差し指、中指、薬指をそれぞれ黒、白、緑の単色カラーにしてもらい、中指には赤い蝶のアクセサリーを付けてもらうことで、パレスチナカラーを表現することにしました。また、後述しますが、今月作ったスイーツの中に、そのパレスチナカラーをイメージしたタルトを作るなど、自分の趣味にもそのあたりを取り込むことで、パレスチナを忘れない、常に思いを馳せることを心掛けられるようになったと思います。

とはいえ、今月は後述する診断士試験を理由にそれ以外のプロテストはまともにできていなかった気もするので、そのあたりは反省材料だなとも思っています。

中小企業診断士2次試験REVENGE

おそらく10月の大半を占めていたであろう中小企業診断士2次試験。去年私は奇跡的に中小企業診断士1次試験を合格点ぎりぎりで通りました。しかし2次試験は過去問メインの学習を進めた結果、事例Ⅱ(プロモーションや販売戦略など)で過去問では絶対に出ないような最新鋭の販売戦略に関する問題が出て、それにより自分の調子も一気に崩れ、そのままなし崩しにボロボロな結果に終わりました。一応診断士は、1次試験を通れば2年間は1次試験を免除できる(つまり1次を通った翌年度だけは1次免除で2次から受けられる)ので、今年も2次試験を受けるチャンスはありました。逆を言えば、今年受けないor落ちたらまた1次からやり直し、ということでもありました。

私は、知識量についてはおそらく平均値を大きく下回る人間です。ゆえに、今年の時点ですでに一次知識の大半は頭から抜け落ちていたと思います(正確には脳内データベースのかなり奥にしまわれていて引き出すには再度学習は必至)。そう考えると、去年より今年の方が2次試験は不利ではないか、税理士試験はじめとしたほかの勉強もしなければならないのに、その片手間で受かるような試験じゃないことを知りながら受けるのは無謀ではないのか、といった考えもよぎりました。とはいえ、せっかく手にした機会ですし、この1年で色々得た知見とそれによる思考力は確実に前より変わっているとも思っていたので、やるだけのことはやりたいという思いから受験を決めました。ちなみに学習方法は、過去問自体は昨年の時点でやりつくしていたため、予想問題と知識メインで進めてました。

学習過程で、出題者の求めるものを正確につかみ取ることとか、それに対してしっくりくる回答を見出したりしたときのすっきりする感じが、ああ、うまくコミュニケーションできたんだなって感覚に似てるなって思いました。また、知識面でも将来の開業に役立ちそうなこと色々あってそういう意味でもワクワクして進められました(飲食店ならではの双方向コミュニケーションとか、目標立てのスパン(目標は立ててからも逐次見直していくとか)とかのプラス面や、広告を打ちまくることや価格競争などは、資本がいっぱいある企業には勝てないため、中小以下では避けた方がいい道とかの資本主義~~~ってなるものとか)。

その一方で、出願した時は知りえなかったことでしたが、10月試験勉強も大詰めの期間にはいると、同時に衆議院議員選挙があり、そのための街宣や選挙活動が盛んにおこなわれるようになりました。特に今回は、壊憲勢力が3分の2以上を占めると極右の石破茂が総理大臣に就任したこと、自公とほぼほぼ政策や主義主張が同じ方向(下手すりゃ自民より極右)な維国の勢いがついていることなどから、自民草案レベル(下手すりゃそれ以下)の壊憲発議がされる可能性が高いといった危機感もあったからか、今まで以上に市民レベルでの選挙運動は強まっていたように思えました。その中でデモでの意識改革もあり、自分もできる形で何かしらの行動はしたいという思いと、事実上最後のチャンスである診断士試験の勉強に集中したいという思いで板挟みになりました。結果として私は、診断士試験の勉強を取り、選挙に関しては情報収集とインターネット上での意思表示にとどまりました(もちろん投票は行きましたが)。これ自体を後悔はしていませんが、果たして本当に正しかったのか、という疑念は今でも消えません。デモの時もそうでしたが、自分一人が何かやったからと言って他の何かが変わる、なんて思いあがるつもりはありません。しかし明確に変わるものはあります。それが自分の意識の持ちようです。行動に移していくことで自分の意識もどんどんブラッシュアップされて行って、それがまわりまわってどこかのだれかに引っかかる、そういった連鎖が、声を上げること、意思表示をすることの意味なのかもしれないなと思ったのです。だからこそ、その機会を逸したという事実は、私の胸の中に刻まなければならないことだと思っています。今回は、そういった意思表示をされた方々の尽力もあり、まだ次がありそうな結果(それでも結構怪しいですが)になりましたが、本当に次がなくなったかもしれない。だからこそ後悔のない選択はしたいし、どういう選択をしようがその選択に対する責任はしっかり背負っていきたいなと思っています。

で、試験の方はどうだったかというと、はっきり言って過去一どうなったかわからない結果となりました。手ごたえは確実に去年よりありましたが、何分論述試験で、回答基準が出題者にしかわからない以上は、自分が手ごたえあってもその手ごたえの感覚が出題者とずれていれば、その手ごたえは無意味となりますゆえ、絶対的な自信を持つ、ということが難しいのです。計算問題である事例Ⅳは、確実に全滅した設問をのぞいたらおそらく大きなミスはないと思っているので、本当にあとは祈るしかありません。1月15日になればわかりますが、だいぶ先の話なので、いったんはそこまで気にしない様にしようと思います。そのころなら、受かっていればラッキーだし、落ちていてもまあそれはそれで、とはなると思うので。前述したとおり、得た者は確実にありましたから。

食について

ラテアート

左が10月1日の、右が10月31日の作品です。比較してみると、ラインがだいぶ安定してくっきりと出るようになったのではないでしょうか。また、形もボウル全体に広がっているので、確かに少しずつではありますが形が安定してきてるなーって感じます。技術としてのレイヤーはだいぶ様になってきたなーって感じですね。

料理・製菓

今月は、ヴィーガン発酵食品にいろいろチャレンジしてみました。発酵スターターとして、発芽玄米を発酵させて作った玄米リジュベラックを用いて、生アーモンドと生カシューナッツを発酵させてモッツァレラチーズを作ってみたのが、左です。そしてそれを用いたヴィーガンカプレーゼが真ん中。トマトとの相性はやはり抜群でした。トマトの酸味とモッツァレラを発酵させた酸味がしっかりとかみ合い、互いの酸味を引き立ててナッツのまろやかさがいい感じに中和して口に広がる感じがして、ワインと一緒にいただきたいなって思いましたね。私は弁当に1組入れているので、日々の食生活の助けにもなっています。そして月末には、残ったリジュベラックで豆乳を発酵させてヨーグルトも作ってみました。これもなかなかさわやかな酸味が出てきていい感じにヨーグルトしているなって感じです。問題はちょっと水っぽいところでしょうか。発酵の時間をもう少しとった方がいいかもしれないなと思いました。

そしてスイーツは、さすがに試験勉強が色々あって毎週とはいきませんでしたが、2品作りました。左がかぼちゃプリンで真ん中がそれを取り分けたもの、右がシャインマスカット、ブルーベリー、キウイのタルトです。かぼちゃプリンは、もちろん動物性素材不使用なのですが、それでもかぼちゃの甘みがしっかり引き立つ濃厚な甘みを出せたと思います。寒天とコーンスターチで固めましたが、結構ソフト目な塊でしたね。多分固くしたい場合は寒天を増やせばいいと思います。

そして、タルトの方は、実はこれが人生初のシャインマスカットでした。というのも、シャインマスカット自体が私の収入だとぜいたく品もいいところでまともに手が出せるような代物ではありませんでした。ところが、たまたま会社であった平均1万歩以上歩くキャンペーンで1万歩達成できたので、副賞としてもらえたのです。だったらせっかくだからフルーツタルトにしよう、ということで、ブルーベリーとキウイを交えてタルトにしました。そこにピンクペッパーとドライローズマリーも添えたら、なんと奇しくもパレスチナカラーになりました。これはうれしい誤算でした。そしてこれらからパレスチナを連想することで、常に思いを馳せていきたいと、そう思いながらいただきました。また、このタルトはネットにも上げましたが結構好評だったみたいでそれもうれしかったです。味はともかく盛り付けに自信がなかったから、そういった前向きな反応があると今後の夢のためのメニューと技術の充実にモチベーションが上がるので。

といった感じで、10月を振り返ってみましたが、活動自体の量は控えめでしたが、その分一つ一つにしっかり向き合えて、変わるところが変わっていったなって実感があります。

来月の抱負は、また別記事で書こうと思います。

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