2025/9/16 白露の次候「鶺鴒鳴」6日目

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荘子内篇、今日は養生主篇第三を読み進めた。養生篇は通してみて思ったのは、どことなく運命論や、地球の呼吸、のような印象を抱く内容だった。そして精神の自由が生命に活力を与えるといった話があったりと、わたしが共感できる要素が多い内容で短いながら印象的な章だった。生まれるのも死ぬのもめぐりあわせであり、本来はそこに喜びや悲しみが入り込む余地などない、と説いていたわけだけど、個人的に話の内容的に、仰々しく喜んだり悲しんだりする場を設けたりして作為的にそのような感情を演出することが自然の道理に反している、と感じて、逆説的に言えば、その喜びも悲しみも、そんな場を用意して発露するようなものではない、とも思える。人の感情を意図的に作り出そうとすることもまた、運命や地球の流れに反するのかもしれない。そう考えると、素朴な感情の機微を大事にするのもいいのかもしれない、と思った。

それにしたって荘子内篇、今のところわたしが漠然と考えていたことが気持ちいい位に言語化されていて、もっと早く出会いたかったと思える一冊ね。まだ半分も読み終えてないけど、これは人生に疲れたり苦悩したときにきっとすっと読む一冊になる。わたしの根幹を言語化しているようなそんな一冊だから。ああ、明日も早く続きを読みたいな。あ、でも早く読んでしまうと読み終えるのも早くなってしまう。ジレンマがつきまとうね。

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