2025/9/3 処暑の末候「禾乃登」2日目

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今日は、シーラン・ジェイ・ジャオ氏の著作「鋼鉄紅女」を読了した。通勤と帰宅時の電車の中と、昼休み、そして入浴時くらいしかまともに読書の時間が取れないので結構時間かかったかもしれない。久々に読んだ小説だったから小説の世界に没入してページをめくる感覚の気持ちよさを思い出せた。なんというか、韓国映画を見終わった時と同じような読後感がに抜けない。胸に決して取れない木片のような破片が刺さってわたしの心にささくれを残していくような、そんな感覚。もうほんと終始支配構造の、そこに内包された人間の下衆具合を見せられて、結末的にもハッピーエンドとは程遠い陰惨さに包まれてはいたのだけど、その中で徹頭徹尾主人公の、自分であろうとする生き方に、自分と同じように抑圧されて来た存在への慈しみに、理不尽に対して毅然と、そして巧妙に立ち向かっていく爽快感がわたしの脳を常に震わせていた。特に、屈辱感を与えて屈服させようとする権力者のゲスな要求に対して心の中で、「何を恥と思うことがあるのか。この身体も、美貌も、培ってきたものも、全部誇らしいものだ。それをなぜは次と思わなければならない」と相手の意図も感じつつ、流されずに自らを誇って進むべき道のために泥を被るところは、ジョジョの奇妙な冒険6部の主人公空条徐倫をほうふつさせる勇ましさだったと同時に、そうまでしなければならない支配構造の悪辣さも出ていて、それを最終的にはしっかりと付けを払わせてくれる爽快感があって、クィア・ファンタジーならではの支配・権威へのプロテストを見られて今の色々とへし折ってくる現実の中で非常にエンパワーメントされた。あとがきで著者がノンバイナリーだということを知ることができたのも大きかった。だから、というわけではないとは思うけど、主人公も、主人公と連帯する相棒二人も、主人公を取り巻く世界の実態も、自然中心であり、かつ既存の社会規範とはまったく適合しない存在だったことがわたしにとって大きく共感できた。だからサクサクと読み進められたのだと思う。

本当に出会えたことに感謝する一冊だった。次は、そろそろ完訳荘子を読みたい。でも書店でまず扱ってないから流石にそろそろ通販の力を頼ろうかな。

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