今日から白露は次候となり、「鶺鴒鳴」(せきれいなく)が始まる。文字通り鳥のセキレイが鳴き始める時季、らしい。今が繁殖期らしいので、河川敷とかを通ったら見かけるかもしれない。コオロギや鈴虫の鳴き声が夜に響く時期。日中はセキレイのさえずりを聴ければイヤホンいらずな時期かもしれない。
さて、最近、髪質が変わった気がする。前よりも一本一本が分かれやすくなった。さらさらしてきたかどうかは分からないけど、風に吹かれるとそれはもうパラパラって広がるようになる。かといって綺麗なストレートになるわけでもなく、全体的にふんわりとしてしまうのだけど。ヘアアイロンをかけないともっさりして仕方ない。とはいえ、以前は塊みたいになっていた髪が、細かく分かれるようになったのは良い傾向なのかもしれない。最近アウトバスヘアオイルを変えたのだけど、それが関係しているのかも。全商品ヴィーガンのTHE BODY SHOPのアウトバスヘアオイルにしてみた。最近になって再入荷したらしいので試してみたのだけど、グレープシードオイルの香りが心地よく、使っていてリラックスできる。ドライヤーかける時間、この季節だと暑さもあって中々に厳しいのだけど、それが少しでも和らぐのは大きいなと思った。アイロンがかけやすくなるのは大きい。素の髪はもう癖毛とかが酷くてどうしようもないので、結局それをどれだけヘアセットでカバーできるかだから、それをやりやすくなるというのはヘアオイルとしての務めをしっかり果たせていると思う。
今日の荘子内篇は、斉物論篇第2を引き続きで、知る、ということに関してのように感じられた。「知」というのは誇示するものではなくて、そのまま胸に収めておくものというのは、わたしにとっても大事にしたい概念だし、絶対的に至高な概念というのは視点次第でいくらでも逆転するわけで、何か一つを絶対、とするのも、知った気になるのもまた違い、自分は知らないはずだけど実はもう知っていることだってある、というのも、知ることに拘泥するあまり視点を狭めてしまったりそれを誇示して知を暴力に変えてしまうことだったりもしてしまうから、やはり肝に銘じておきたいことでもある。この地球は、世界は等しくその存在そのものであり、そこに存在するものも地球から何らかの線引きされた存在である以上、わたしが知りたいと思うこの気持ちも、やはり地球に還元できたらいいなと思う。それは、地球のためになることを行動することに繋げるのもそうだけど、地球に帰属する存在でありたいわたし自身をわたしがしっかりと確立し、認め、許し、そして色々なしがらみから解き放たれてあるがままでいられたらな、と思う。多分それを幸福と感じると思うから。
