小暑の初候「温風至」

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だいぶ遅れてしまいましたが、一昨日から新たなる節気、「小暑」になりました。まあ、温暖化が進行した今となっては「小…?」って感じですけどね、この暑さ。

しかしそんな小暑、夏至の時に昼が最も長いという形で最高潮に達した太陽エネルギーが、地表を温め、地球上の生物たちがその恩恵を受け、効果が表れ始める時季でもあります。いわば吸収したエネルギーを今、利用できる形へと変換している段階、といったところでしょうか。この効果がのちの大暑になって最高潮になるのでしょうか。となるとこれでもまだ「溜め」の時期というのだから恐ろしい。

そんな小暑最初の候はこれまたなんか懐かしくなる「温風至(あつかぜいたる)」。いやー昨今の暑さとなっては温風なんて生易しいものではなく、もはや熱風が毎日吹きすさんでいるって感じですね。産業革命以前の世の中がしのばれます。

そんな温風至、梅雨が明け、夏の熱を帯びた風が吹き始めることからその名がついたようです。これまたわかりやすいですね。冬の候はあんなにわかりづらいのに。その夏の熱、というのもこれまた当時と今ではだいぶ違うのでしょうな、とも思いますが。なんせ「温」って漢字が使われていますから。今だったら「熱風至」とかになったのではないでしょうか。

さて、そんなもう戻らない暖かい気候の日々、現在の温暖化の進行度合いでは、パリ協定で提示した温室効果ガス削減目標をすべての国が達成してももう気温が50年後に3度上昇することは避けられないんだとか。つまりはもう「例年より涼しい」なんてことを感じることはない、ということでもあります。どんどん「温風至」という言葉が懐かしくなってくるのでしょう。もう訪れない概念として。

そう考えるとこの言葉自体が消えてしまうのではないか、とも思ったりもしましたが、かつての歴史で暮らしてきた人々が紡いだ言葉、そして生活を後世へ伝えるためのものが七十二候だと、半分近くの節気、候を見てきてわたしは感じたので、それだけは決してないと思いたいです。かつての人々が営んできた積み重ねは、かつてあった記憶として残り続ける。そして地球はそれらをずっと記憶し続けているのだと思います。ならば今を、この先を生きるわたしたちは、かつてあったものをしっかりと見据えつつも、それらを先に繋げるため、なくなってしまったのならそれらがあった、という事実を先へつなげるために生活を紡いでいければな、とも思ったりしました。この暑さで。

さて、この時季はモモ、スモモが旬ですね。スモモ、名前だけ見たら酸っぱい桃ですが、漢字では「李」と書くのですね。ずっと「酸桃」だと思ってました。スモモは葉酸、鉄分、カリウムといったミネラルが豊富な果物。お酒やジャムにしてもおいしい色々と汎用性の高い果実ですね。これを使って何か作りたいなーとも思ってます。

そして一昨日は七夕でしたね。七夕と言えば彦星織姫が有名ですが、どうやらお盆に備えて機織りした衣類を棚に上げて先祖の帰還の準備をする、といった側面もあったようです。そして七夕は五節句の一つでもあるので、人日の節句の七草粥、上巳の節句の菱餅、端午の節句の柏餅みたいな行事食もあります。それがそうめんとウリ科の野菜だそうです。今までのものに比べると随分と身近なものですね。そうめんは、かつては索餅という中国の餅を食べていた層なのですが、それが時代が立つにつれて派生していき、現在はそうめんになったようです。どちらも原料は小麦なので、元をたどれば同じものなのかもしれません。そうめんは機織りのために使う糸や、天の川に見立てた水の流れを模すこともできるので、より行事を実感できるとも思います。もしかしたら、そういったものに見立てて派生したのかも、とか想像して見るのも楽しいです。んで瓜、これはこの時期に一番おいしい食べ物を神様へのお供えにする風習があり、それがキュウリや瓜であること、そして彦星織姫伝説の一つに、漁師が触ることを禁じられていた瓜を漁師の彦星が触れたことで、瓜から水があふれ出て天の川ができ、織姫と彦星が引き離されたといったものがあるようで。その結果、瓜が行事食になったというのも中々に趣深いものです。まあ、どちらも涼し気なものなのでこの時期に食べると美味しいのはその通りですね。酢の物と併せると尚グッド。

そんなこんなで、今は暑さとかやることの多さでてんてこまいですが、それだけ充実していると取ることとします。そうやってできることを積み重ねていくことで、きっと自分の真実にたどり着くと信じて。

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