明日で6月も終わり。思えばプライド月間、わたし個人としては自分自身を見つめ直し、自分がずっと置いてきた自分という存在をがむしゃらに探し続ける月でした。まあ、社会的には「糞」の一言で片づけたいくらいにはわたしたちのような存在や、わたしたちのような存在が存在を勝ち取るために不断の努力を重ねてきた先人たちの尽力をいない者、邪悪なもの、否定されるべき存在として扱う逆行へと化していましたが。ならば猶更、わたしは自分が探し、いくつか見つけられた欠片を殊更に誇ってやろうと思います。それがわたしなのですから。まあそれはそうと、わたしがわたしであることを表現することを今賃金労働している業界は認めようとしないよう(旧態依然としたホモソーシャルであり男性優位社会でありステレオタイプなジェンダーバイナリー及びジェンダー感にとらわれている界隈)なので、やっぱりここに骨をうずめるビジョンはないなってなりました。絶対に独立してやる、そして店立ててやる。
まあそんなことはさておき、日曜なのでわたしはいつもの通りヴィーガンスイーツの製作をして過ごしましたよ。とはいえ今回は少し趣向を変え、和菓子にしました。
そう、わたしが時間と共に学び、向き合っている二十四節気、七十二候です。これに因んだ和菓子がこの時期はあったのです。
それが、「水無月」です。
レシピ
材料と調理器具
- 吉野本葛…25g
- 白玉粉…30g
- 米粉…35g
- 含蜜糖…60g
- 甘酒…10g
- 水…160cc
- 大納言小豆の甘煮…150g
- 21㎝ボウル
- 粉ふるい(直径21㎝)
- パウンドケーキ型(17㎝×8㎝×6.4㎝)
- クッキングシート
- ゴムベラ
今回参考にしたレシピは、富澤商店様のレシピです。そして、大納言小豆の甘煮は、次のページを参考にしました。ヴィーガンは、砂糖も動物の骨を用いてろ過している精製糖は基本的にアウトなので含蜜糖にしています。そしてより甘さに厚みを出すために甘酒もブレンドしました。そしてグルテンフリーついでにそもそも家に薄力粉がないから米粉を使っています。
作り方
- ボウルに吉野本葛、白玉粉、米粉、含蜜糖、甘酒を入れ、混ぜる。
- 1に水160ccを少しずつ入れ、粒々を潰しながら混ぜてふるい器で濾し、綺麗な液状にする。
- 綺麗に濾した液大匙2杯と水大匙1を合わせておく。
- 残りの液をパウンドケーキ型に入れ、沸騰している蒸し器の中に入れて強火で10分蒸す(蓋には布巾を敷く)
- 10分蒸して表面が固まったら小豆を散らして3を振りかけ、再度蒸し器で15分蒸す(中火)
- 粗熱を取り、型ごと冷蔵庫で冷やす。冷え固まったら型から取り出し、三角に切り分ける。
完成品

はい、こんな感じに仕上がりました。ういろうを作ったのは初めてなのでしっかり固まってほっとしました。和菓子はまだ不慣れなので結構失敗記録もありますし。

で、こちらが比較対象としてぬいを置いてみました。中々コンパクトなサイズに仕上がったと思います。パウンドケーキの型は本当に色々なものに使えて便利です。
実際は、羊羹や玉子豆腐同様流しかんという器具を使うのがいいようなのですが、実物を見た感じ、蒸し固めた時に取っ手のようなもので出来上がったものを取り出すことができるというものだったので、それなら既存の型にクッキングシート敷くだけでも行けるのでは、と思い、今ガチの金欠なのでそれで代用しました。実際それでもこんな感じにはできます。だからパウンド型を持っている人は羊羹やういろう、そしてこの水無月も行けるんじゃないかと思います。
で、実際に食して見た感じ、小豆の甘さを控えめにした結果、ういろうの甘みとモチモチ具合もしっかりと感じられ、味のハーモニーが感じられました。豆の甘さと米の甘さの両方が感じられる、これぞまさにわたしが勝手に感じているお菓子の醍醐味「調和」を体感で来たんじゃないかと思えたのがうれしかったです。
それで話すのですが、わたしがお菓子作りで一番心のうちから湧き出てくる衝動を感じる瞬間というのが、この「調和」の瞬間だったのです。粉と油や水分を混ぜることで、最初はただごちゃごちゃしてるだけの材料たちが、一定の段階を過ぎると、今回のように粒がつぶれ、ひとつの液体となる瞬間、いつもの洋菓子だったら、粉たちが油分と溶け合い、一つの生地へと姿を変える瞬間、その時、独立していたそれぞれの存在は、全く別の一つの存在を生み出すためにその存在を「調和」させていくのだと、そんな物質の神秘を感じるところだったのです。そしてその調和は、味わった時に素材と素材がそれぞれの味わいを醸し出しつつ、全く別のうまみを引き出す味わいが得られると、それもまた「調和」による「先」の存在を生み出した、といった風に感じられ、それにわたしは感動を得られるということに気づきました。そしておそらくわたしの人生の最終目標も、きっとそこに繋がっているものだと思います。調和というものと共存というもの、それらが一体どこで噛み合うのか。それが楽しみでなりません。
そんな、自分についても発見を得られたお菓子作りで非常に有意義でした。そして水無月は、明日食べるのもいいみたいなので、明日も食べますよ。
