昨年の冬に初めてアニメーション映画として公開された黒柳徹子氏の自叙伝にして彼女の代名詞ともいえる名作。実は原作未読だったので改めて読まねばと思い、積まれていました。そしてようやく怒涛のシスターフッドラッシュが終わったからここでちょっと毛色を変えて今こそ読もう、って感じでついに読むことができました。結論から申し上げますと、やはり評判に違わぬ名作でした。これが1984年に世に出されてそしてこの話が20世紀半ばの史実というのが信じられないレベルには。そして何より、こういう世界があったからこそ、黒柳徹子という大人物が世に出たわけでこのような名作が世に出回ったんだなあと思いました。
子供たちがあるがままでいられる、それだけで目頭が熱くなる
この作品を端的に表すと上記のような作品だと思います。主人公のトットちゃんは、自身の関心の赴くがままに行動し、そして世の中の些細なことから大きなことまでいろいろなものに目を輝かせてそれに感動を覚える、好奇心旺盛かつ真っ直ぐな子でしたが、学校という空間でそれは必ずしもいい方向には働かず、トモエ学園に入学する前に学校を退学になった経験もありました。しかし当時はそれに気づいていなかったトットちゃんはトモエ学園に入学するときも校長先生に4時間近く話をするなど本当に素直に自分の思うがままに真っ直ぐに描かれていました。そこには受け入れるとか尊重するとかそういう見方によっては「上から」になってしまうような関係はなく、一人の人間が一人の人間をしっかり見ていた、そんなシーンでした。他にも、映画でもメイン級の扱いを受けていた小児麻痺を患っていた山本泰明ちゃん、身長が他の同年代の子よりも一回りほど小さかった高橋君こと高橋彰氏など、世間一般にはハンディキャップを持つと言われるような子がトモエ学園にはおりましたが、その子たちも作中ではそれぞれが一人一人の人間として、自分を生き、周りからも見られている描写が為されておりました。
とにかく、トモエ学園に在学していた子供たちは、親や家族を立てるだとか画一的な、もっと言うと抑圧された教育などとは無縁の、各々の興味の赴くままに、各々が持つ個性をあるがままに表出して日々の学校生活を送っておられたであろうことが、作中の描写を通じて伝わってきました。現代でもそうだし、何より時代が戦前でそんな世界があったということが、自分にとっては目頭が熱くなる事実でした。
子供たちを導くのではなく、見守ってきた大人たち
そしてそんな子供たちが子供たちでいられたのは、子供たちを見守っていた大人の存在も大きいことが、作品では描かれていました。その最たる存在が、黒柳氏にとっても恩師といっていい校長先生の小林宗作氏でした。校長先生は、前述のとおりトットちゃんの話を4時間ずっと彼女を真っ直ぐに見つけて聴いており、その真っ直ぐな目線は、純粋無垢だったトットちゃんにもしっかり伝わっていました。一人一人の子供たちの言葉にしっかりと耳を傾け、その行動を自分たちの型や常識にはめて徒に制約したりしようとせず、一人の人間として見守りに徹する、しかし本当にやってはならない事(持って生まれた身体的特徴を揶揄するようなことを言ったりいたずらをしたりする)をやった場合、それが子供たちであれ先生であれ毅然とした態度で叱り、自発的に改善を促す。そんな現代でも稀に見る教育者の鑑のような人物として描かれておりました。あとがきで黒柳氏が回想する分には、以下のようなことを仰っていたそうです。
子供を先生の計画にはめるな。自然の中に放り出しておけ。先生の計画より子供の夢の方が、ずっと大きい。
この考えが、リトミックの開発につながったそうで、子供たちに耳でなく心で音楽を感じてもらい、その心のままに口や身体が動くような音楽との付き合い方をしてほしい、という願いの元で行われたそうです。正直今の現代にもすごく求められる、そんな人格を持たれた方だったと思われます。
また、校長先生だけじゃなく、トットちゃんの両親も、娘を信頼しつつ、そして自分の信念もしっかり持たれた方々として描かれておりました。母親は、トットちゃんが前の学校を退学になった理由も知っていましたが、だからと言ってトットちゃんのその部分を治してほしいなどとは思わず、娘や父の心のままの意思を、誰よりも信じている強い女性でした。父親も、非常に名の知れたバイオリニストだったらしく、戦争が激化していくと戦意高揚のため軍属の音楽家としてスカウトされますが、「自分のバイオリンで軍歌は弾きたくない」とそれを断っておりました。そして二人とも、トットちゃんの愛犬であり親友であるロッキーがトットちゃんをケガさせた時に、必死に彼をかばうトットちゃんの話を真摯に聴き、ロッキーを頭ごなしに叱るようなことはしないなど、本当に相手を信頼し、その話を聞くということを大事にしている方々として描かれておりました。
このように、大人たちは子供を導いたり管理する存在ではなく、子供が子供として思うが儘に生活していけるように見守る存在として描かれておりました。
総括:子供の目に映る色鮮やかな世界を具に描いた名作
作品のトットちゃんやトモエ学園の子供たちが見る世界の描写は、未知の者に対する期待と好奇心にあふれていて、色彩豊かに描かれていました。知らないものに触れることで新たな世界に足を踏み入れた時の喜びがカラフルに描かれていたり、悲しいことに出くわした時は人目をはばからず泣いてトーンも暗くなり、活力あふれるエネルギッシュな子供たちの情熱溢れる場面では、明るく鮮やかな表現を用いて、子供たちの目に映る色鮮やかな世界を表現されておりました。そんな子供目線を、黒柳氏がここまで具に描けるというのも凄いですが、それはやはり彼女にとってトモエ学園の時代がどれだけ希望に満ちていたかということを表しているんだろうな、とも思えました。総じて、子供の世界、夢、将来への期待を描きつつも、戦争が忍び寄る世相も背景に据えており、それでも子供たちの世界はそんなものよりも脅かされるべきではないという輝きを感じる一作でした。続編も映画公開よりちょっと前あたりに刊行されたらしいので、現在読んでおります。
