2025/8/19 立秋の末候「蒙霧升降」3日目

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最近、酢の物が美味しいなって感じる。

海藻を美味しくとりたくて旬のオクラと合わせて酢の物で最近は毎日頂いているんだけど、三杯酢で(だし汁:酢:しょうゆ:みりんの比率6:3:1:1)つけて朝昼晩と喫している。これが五臓六腑に染み渡るほどに美味しい。海藻自体は乾燥ワカメと乾燥サラダともずくというシンプルな組み合わせなんだけど。ヴィーガン続けて感じられるようになったことなのか、それとも単に歳を重ねた結果舌の好みが酢の物に寄っていったのか。それはわからないけど、単純においしいと感じられるものが増えたのは嬉しいことだ。

ところで、わたしにとってはもうヴィーガンである自分もノンバイナリーである自分も自分の中では当たり前になっていて、多分ノンバイナリーは生まれてからずっと本当はそうだったんだと思う。でもそれが当たり前だと思っていて堂々とそうあることを、今の社会秩序は必ずしも尊重してくれるとも限らない。それらを見下していいもの、抑圧していい異端な存在と見られれば、どんなに社会で「良い人」な人でも簡単にそれらへの暴力をいとわなくなる。群集心理というのはそういうもので、心の底から地球のあらゆる存在はそれらの存在として在ることが当然であるそれが尊重されるべきものだということを思っていなければ、それらを虐げても別に不利益を被らないとわかったならば、簡単に虐げる側に回るものだ。酷い場合は当事者だけでなく、当事者に好意的な人や好意的な反応を見せた人にまでその矛先が行く場合だってある。そういう状況下で、当事者がどうあろうともそれをとやかく言うことはナンセンスだろう。でも、好意的な反応すら見せるのはリスク、という中で、それを見せてくれる人は、きっとその人の立ち位置の中で見せてくれた勇気であると思いたい。何の話?って思うかもしれない。この日記を将来のわたしが見た場合も。でもまあ、そういうことがちょっとあったんだよ。そしてわたしはその好意的な反応を一度だけ向けられたことがあり、きっとそれを生涯忘れないと思う。要するに、勇気の表出ってのは色々な人や立場であるものなんだろうなってこと。それをしっかりと頭に刻めば、もう少しだけいろんな存在に優しくあれるかもしれないなって思った。

そんな勇気ある人にも、地球の存在として在るどんな存在にも、その存在であり続けられるような星でありますように。

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