今日で処暑の初候、綿柎開は最後。明日からは次候「天地始粛」。随分と仰々しい名前。8月も終わるしそういうものなのかもしれない。何かが終わり始まる時というか。うん、天地開闢っていうし。そういうものなのかも。
平日は、意識的に日記を書くことで、機械的に一日を過ごすことを回避しているような、そんな気がしている。自分が何を思って一日を過ごしたか、何を考えて一日の行動をとっているか。そういうのを振り返ることで、自分は考える、知性ある存在であるということを思い出せる。
最近は引っ越したい思いが日に日に強くなってきている。正直、今の借金が返せるめどが立つのが来年の3月くらいだから、それ以降になるのは確実なんだけど、それでも条件が整った物件があるとそそられてしまう。そもそも今日日ZEH-Mの賃貸は結構希少種だ。大体すぐに成約してしまうか物凄く高いかのどちらかだから。その中で結構長いこと残っている物件が在ったりするのだけど、それもいつかは成約してしまうと考えると、いっそそれをわたしが担ってやろうかと思わなくもない。お金ないのに。
実際のところ、資金のめどが立ったころにはそのころに相応の物件があると思うのだよね。だからこそ焦らなくてもいいような気もする。もうちょっと考えるのも悪くないかな。こういうのって悩んでいる間も楽しいものだし。
何かをやりたい、と思うとだいぶ気持ちが急いてしまうのは自分の性分だと思う。この性から逃れられたことはあまりない。大体思い立ったが吉日を地で行って来た人間だから。いや、その思い経つに至るまでに色々考えに考えるのはある。いわゆる熟慮断行っていうの。これはわたしの座右の銘の一つだったりするので。何かを実行するにあたり、様々な視点でものを考えるのは必要。だからこれに手を抜くことはない。だけど考えに考え抜いたのであれば、実行することに迷いはない。そんな感じ。あとは目をそらさない、なかったことにしない、周縁化しないで向き合うことは誓いでもあり、自分の筋。勿論できていないこともあるし、そういう時は素直に受け止めたい。自分がそうされてきたこともあるけど。だからと言って自分がしないという保証はどこにもない。それは肝に銘じていたいこと。
なお花粉症は今日も相変わらずひどかった。多分河川敷に色々咲いているブタクサというキク科の植物の花粉だろうね。医師の診察を受けた方が良いのかもしれないけど。そんな時間ないから目薬でも持っていこうかな。一番ひどいの目だし。
明日も花粉酷いのかもなあ。なんというか、こういう時裸眼だから無防備になっているのを実感する。
とりあえず、今は疲れを明日に持ち越さないようにしっかり休み、しっかり運動し、しっかり食べる。それを大事にしよう。
